第3回 雪割草

北信濃にもようやく遅い春本番がやって来た。私が住んでいる信濃町は、北信濃地域でも春の訪れが一番遅い所だ。最大一メートルはあった雪は殆ど消え、日差しも強くなり最高気温が十度を超す日も多くなった。我が家から見える飯綱山、戸隠山、黒姫山の姿も冬の間は白一色であったが、雪解けが進んで白と黒の斑模様に変わりつつある。また、鮮やかな黄緑色のフキノトウや黄色い福寿草が花を咲かせ、今まで雪の下でじっと耐えていた命が一斉に活動を始めた感じである。

ところで、我が家の庭には、雪割草が十株程自生している。

最初はこれが雪割草であることに気付かなかった。去年の初夏頃、庭いじりをしていて葉が三角形の独特の形をしている植物に気が付いた。ありきたりの雑草には見えなかったので、当時はまだ同居していた妻と「これは何だろうね・・・。もしかしたら山野草の一種かもしれないからこのままおいておこう。」と話をしていた。ある時、信濃町の直ぐ隣にある新潟県の笹ヶ峰牧場に行った帰りに、苗名滝の近くにある山野草の店にひやかしで立寄ったところ、そこに我が家の庭にあるのと全く同じ葉の形をした植物が「雪割草」として売っていたのである。私は思わず「あっ!これだ。雪割草だ。」と言って妻と顔を見合わせた。それ以来、我が家では庭のあちこちに点在する雪割草を一箇所に集め、大切にしながら見守ってきた。そして、今年の春にようやく咲いたのが写真の雪割草の花で、直径十~十五ミリくらいのとても可憐な花である。我が家の庭にある雪割草の花は、写真のように白色と薄い赤紫の二色だ。雪割草については、去年NHKテレビで放送した大河ドラマ「天地人」でこの花を手にとって会話をする場面があったので、そのような花があることは知っていたが、これ程可憐な花とは思わなかった。

雪割草冬の間、一メートルの雪の下に耐えて、雪解けと共にその命を精一杯生きようとしている可憐な花を見ていると、私はとても元気付けられる。生まれ代わり死に代わりしてその命を繋いでゆく自然界における命の営みに直接手で触れたように感じられるからだ。自然界だけでなく人間界も同じだ。太古の昔から連綿として命の連鎖を繋いできている。その中には一つとして無駄な命は無い。そう思うと今の自分に授かったこの命が掛け替えの無いものであることが改めて身に染みる。毎年このような花が見られるかと思うと、田舎暮らしの楽しみが一つ増えた思いである。今は横浜に住む妻に携帯電話で雪割草の写真を送ったところ、とても喜んで五月の連休過ぎには信濃町に行くからといっていた。もっとも、雪割草の花はそれまで持たないかもしれないが。

(2010年)