第8回 鷹の渡りを見る

九月二五日(土)に黒姫童話館の近くで行われていた「鷹の渡り」の観察会に妻と共に参加した。 信濃町の自然を再発見しようという企画である。 私は今まで家の近くの鳥を観察し野鳥図鑑で調べる程度のことしかしておらず、この時期、鷹は南に向けて渡りをするということは全く知らなかった。 黒姫童話館の近くの広場は飯綱、黒姫、妙高、斑尾から三国山脈までも見渡せる三百六十度の眺望で、眼下に広がる田園には刈り取り間近の稲穂が黄金色に輝いていた。 山の木々に未だ紅葉の気配はなく青々としている。この日は台風が過ぎ去った後で、強い北風が吹いていたが日差しは温かく行楽日和であった。

早速、主催者側のYさんから鷹の渡りについて説明を受ける。 鷹といっても様々な種類の鷹がいて、サシバという鷹は集団で渡ってゆくという。 鷹が集まってゆくことを鷹柱というとのこと。 また日本列島を縦断してきた鷹は、長野県に入ってからは、標高三千メートルを越す北アルプスの山脈に遮られるため、長野県と岐阜県境に近い白樺峠(松本市)という標高が低い箇所を抜け伊良子崎を通って南方に渡って行くそうである。

Yさんから双眼鏡の扱い方を教えてもらい、しばらくあちこちを見ていると、鷹らしき影を発見、 最初、鷹は東の方を通過すると予想し観察していたが、予想に反し北側の妙高山頂から黒姫山頂あたりを渡ってゆく鷹が多いことが判った。 二千三百メートルを超える妙高山上空を三〜五羽多くて二十羽ほどの鷹が上昇気流に乗り高度を上げてゆく。 やがて黒姫山頂付近を覆った雲の中に消えていった鷹達は、一定の高度に達したら一気に白樺峠を目指し飛翔するのであろう。 双眼鏡でやっと鷹の姿が見える程の上空であるから、鳥に興味のない人は鷹の渡りについて全く知らないのも無理はない。 レイチェル・カーソンは著書「センス オブ ワンダー」の中で、渡り鳥たちが仲間同士がはぐれてしまわないように鳴き交わす声を聞くと「彼らの長い旅路の孤独を思い、自分の意志ではどうにもならない大きな力に支配され導かれている鳥たちに、たまらないいとおしさを感じます。 また、人間の知識ではいまだに説明できない方角や道筋をを知る本能に対して、湧き上がる驚嘆の気持ちを抑えることができません」と書いているが、毎年この季節になると渡ってゆくという鷹を見ていると真に尤もと感慨もひとしおである。

鷹を見ている間にも近くの広場の上空では、鳶が「俺だって鷹の仲間だぞ」とでも主張するかのように狩りをしている。 Yさんに鷹と鳶の違いを教えてもらいながら、私達は至近距離で鳶の雄姿をじっくり観察出来た。 鳶色とはよく言ったもので背側はこげ茶色、腹側は黄金色の美しい羽に被われている。 鳶と言って侮(あなど)ってはならない。 猛禽類特有の鋭い眼差しは獲物を見つけると忽(たちま)ち急降下し襲い掛かる。 獲物が取れたかどうかまでは見極められなかったが見ていて全く飽きない。 ちなみに鳶は鷹の仲間だが南方までは渡っていかないそうである。

かくして四時間余り、鷹の渡りと鳶の狩、妙高山の雄姿、そして秋の風景を心ゆくまで堪能し帰路に就いた。 野鳥観察初心者の私と妻に丁寧に色々説明してくれたYさんには大変お世話になった。 このような自然の素晴らしさは信濃町が誇るべき大きな財産であり、皆で守り後世の人たちに残して行かなければならないと家に帰ってから妻と話し合った。

信濃町在住 荻原一正