第10回 気の弱い鷹

我が家の居間から東側に立ち枯れた松の木が見える。高さは二十メートル程か。
築百年になる旧古間小学校のちょうど裏手にあたり、旧古間小学校の裏庭と一段高い畑とが開けている真ん中に聳え立っている。 季節ごとにこの松の木に様々な野鳥が飛来し枝にとまる。大鷹、鳶(トビ)、四十雀(シジュウカラ)、ヤマガラ、カケス、鶫(ツグミ)、アオゲラ等。初夏から夏に掛けては大鷹が飛来し、じっと獲物を探している。そして、獲物がいたのか時々松の枝から地上に舞い降りて、暫くすると再び松の枝にとまっている。

ところが最近大鷹の姿が見えないと思ったら、鷹は九月下旬頃、一斉に南の方に渡って行くという。これを「鷹の渡り」といい、九月の本欄で報告した。 しかしである。鷹はまだいたのだ。

鷹によっては南方に渡らず、本土で越冬するものもいるようだ。 十一月九日に我が家の居間の障子を開けて、ふと東側を見ると、例の松の木の枝にに鷹がとまっているではないか。早速、双眼鏡を持ち出して仔細に観察した。鷹の種類は不明だが、腹側の羽の色が白っぽく、尾が丸みを帯びているところから鳶(トビ)でないことは確かだ。

立ち枯れの松の木

立ち枯れの松の木

鷹の挙動は、羽繕いをしたり、糞をしたりと頗(すこぶ)る悠々としていている。鋭い目を周囲に向け猛禽類特有の存在感がある。私が双眼鏡を覗きながら「成る程、流石は鷹、堂々としているわい」と感心していると、突然鷹の右上後方から何かが飛んできて、鷹の頭を一撃したのだ。鷹は身を縮めて迷惑そうな顔をしている。何事が起きたのか私は理解出来ず、双眼鏡を覗いていると、またしても鷹の頭を一撃したものがいる。
良く見るとそれは一羽のヤマガラであった。鷹の頭程の大きさしかない小鳥が、普段自分達を餌にしている鷹を攻撃しているのだ。第一波攻撃、第二波攻撃とも同じヤマガラで、攻撃を終えたヤマガラはすかさず鷹がとまっている松の枝の反対側直ぐ下の枝に身を隠した。上後方からの攻撃と攻撃後の身の隠し方、真(まこと)に見事である。免許皆伝と言っても良い。

私があっけにとられて勇敢なヤマガラを見ていると、攻撃を受けた鷹はいつの間にかどこかに飛び去り、二度と戻っては来なかった。何とも気の弱い鷹ではないか。野鳥の頂点に立つ猛禽類も、ヤマガラの攻撃を受けて、すごすごと逃げ出すこともあることを私は初めて知った。
人間に置き換えてみると、普段食べている秋刀魚か鰯に攻撃されて逃げ出すようなものだろう。どうしてこのようなことが起きたのだろうか。もしかしたら近くにヤマガラの巣があって、そこに孵ったばかりの雛がいて、ヤマガラは雛を鷹から守ろうとしたのだろうか。それとも、鷹は巣立ったばかりの気の弱い若鳥だったのか。はたまた今頃の鷹は南の空に渡った筈なので、ここは鷹の居場所ではなく、ヤマガラが縄張りを主張して攻撃してきたので、鷹は自分に正当性がないと思い遠慮したのか。理由は良く判らない。

自然の掟とは厳しいものだ。猛禽類といえども野鳥の頂点に胡坐をかいて安閑としてはいられない。これから信濃町は最低気温氷点下二十度という厳しい冬を迎えるが、あの気の弱い鷹は、しっかり餌を取れるのだろうか。餌の小鳥を捕ろうとして、小鳥に逆襲され逃げ惑うようなことにならなければいいのだが。

荻原一正