東京で生まれ育った夫には、田舎の故郷がありませんでした。退職後の田舎暮らしが年来の夢となり、伊豆・房総・那須・富士山麓などの各地に足を運びました。最後に辿りついたのが月刊リゾート紙に掲載されていた「眺望絶佳 永住可能地」という信濃町の物件でした。「春になったら見に行きたい」という当方の希望に対して「一番条件の悪い時に見て移住の可能性を判断してほしい」と、担当者は答えました。納得・共感して2月上旬、前日の大雪が晴れ上がった休日に、私たちは現地を訪れました。
除雪車で押し込まれた巨大な雪の山に、ステップを切ってもらい、よじ登って見渡した風景はまさに圧巻。白雪の飯縄・戸隠・黒姫・妙高の山々・山麓に広がる雪原。点在する森や林。民家の屋根。樹間を鳴き交わし、飛び交うシジュウカラ。初体験の感動でした。翌週末には息子たちを同行。「少し遠いな」と心配しながらも、彼らは賛同してくれました。
経験したことのない雪国の暮らしです。しかも老後生活の場となるため、耐寒性を第一に考慮し、高気密・高断熱のフィンランド住宅を選びました。深夜電力を有効に使ったオール電化住宅は、冬は暖かく夏は涼しく、それまでの首都圏での暮らしよりも遥かに快適な日常となりました。水と空気と風景の美しい環境の中で、季節や天候、その日の体力に合わせて、スキー・登山・ウォーキング・カヌーなどが日常的に楽しめます。これが現在の私たちの暮らしの楽しさと健康の源です。
息子たち家族もこの田舎が大好きで、四季折々しばしば来訪。三世代共有のふるさとができあがりつつあります。これは私たちから子や孫へ、遥かな未来へのプレゼントになりました。
私たちは、親戚・友人など誰一人知った人のいないところに移り住みました。でも淋しかったり困ったりしたことはありません。分からないことは周囲から親切に教えてもらえます。しかし親切の強要や過度の期待は禁物。あくまでも「ここに住む」決意と自助努力が前提です。当然ながら夫婦仲良く、できれば同じ趣味や価値観を共有していること。むやみに人に頼らず、不慣れな土地でのアクシデントにも二人で力を合わせれば、大抵のことは乗り越えられます。田舎暮らしへの単身赴任は、おすすめできません。
当初私たちもここに住み切れるかを危ぶみ、別荘的な使い方も考えました。しかし、二ヶ所住まいはそれなりのエネルギーが必要。それまでの家は処分し、ここに腰を据えました。東京のホームメーカーに依ったわが家は、その後手直しの必要が生じました。田舎暮らしの住まいを作るには、その地を知り尽した地元建築業者を選ぶこと。建築だけでなく、末永い暮らしの相談相手になってもらえます。また、近くに第一次医療機関があるかは、必ず調べておくこと。
そして、都会と田舎の長所と短所は表裏一体です。マイナスをプラスに変える体力と思考力も、ぜひ忘れずにご持参ください。